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南天と雪、または彼が望んだ共有のはなし





乏し過ぎるその表情の奥に、
確かに見えたそれは、
懇願にも似た、



-------



その日の依頼は、行方不明者の所在調査依頼だった。
依頼主は、行方不明になった男性が育った児童養護施設の施設長だ。

寒い中本当に申し訳ありませんでした、
と恐縮する施設長に、近くで別件の調査もありましたので、
お気になさらず、と言いつつ事情を聴く。

男性はこの施設で育ち、何年も前に独立して巣立っていった。
施設を出た後も、施設長を慕っていた彼は度々この施設を訪れていたという。
そんな彼が消息を絶ったのが5年前。
警察に捜索願を提出しはしたが、結局手がかりは見つからず、
施設長も手を尽くしたが未だに安否不明の状態。
最後の頼みの綱として探偵に依頼をすることにしたのだという。


----何も告げずに居なくなる奴じゃないんですよ。


施設長の話した、行方知れずの教え子との思い出。
このひとは、本当に彼の事をわが子のように思っているんだな、と
容易に想像が出来た。




施設の建物を出た瞬間、喉が痛くなるほどの冷たい空気に息を呑む。
中庭の薄く雪を被った南天の実が、目に鮮やかだった。

「なんとかしてあげたいですね…」

思い詰めたような施設長の表情が印象に残り、さくまはぽつりとつぶやいた。

「…………」

「アクタベさん?」

ボンヤリと遠くを見るような表情の芥辺。

(うわっ、もしかしてアクタベさん、今回の依頼がドロッとした内容って言うより
真っ当な内容だったからがっかりしてるのかな…!)

「…今物凄く失礼な事を考えたりしなかったかさくまさん」

「えっ?い、いやだなあアクタベさんそんなわけないじゃないですかー」

思い切り挙動不審になるさくまを見て、芥辺は軽く舌打ちをする。


「あ、南天だ。綺麗ですねぇ」

柔らかそうな大粒の綿雪が
次から次へと灰色の空から降ってくる。

はぐらかしたな、と思いつつ、それ以上は突っ込まないでおいてやる。


「まだ積もるのかなあ…」

「さくまさん。薄く積もってる。滑るなよ。」

芥辺は両手をスラックスのポケットに突っ込んで、玄関口の階段を降りつつ言う。

「あ、はい。」

「ん。」



*****




茫洋とした、孤独。
暗い部屋で書物を読み漁る日々。
始まりは、偶然見つけた一冊の魔導書。

それは、気が遠くなるほど昔の話。



とある国の支配階級に生まれた少年がいた。

両親は彼に全く興味を示さず、
生活に困らなければ良いだろうとばかりに
子どもが使うには莫大な金額の財産を与え、
屋敷に閉じ込めて、世話の一切は使用人に任せきりにした。

彼は普通の子どもとは違っていた。

周囲の誰も相手にせず、また、誰からも気味悪がられ。
屋敷にある膨大な数の書籍を教師に育ち、
聡明で大人にも難しい内容の書籍や論文を貪り食うように読んだ。


ある日彼が見つけたのは一冊の本。


その本が「魔導書」と呼ばれる物であることは
頭の中に蓄積された膨大な知識から、すぐに理解することが出来た。

悪魔召喚か、悪くない。
この狭い世界には、いい加減飽き飽きしていた。


ニヤリ、と彼はおよそ子どもとは
もとい人間とは思えないような顔でほくそ笑んだ。




*****




「この辺の家って、庭に南天植えてる所が多いみたいですねぇ」

次の依頼先へ向かうための道すがら、さくまはぽつりと呟く。

「魔よけじゃない」

「そうなんですか?」

「うん。難を転ずるに通じるから、縁起がいいんだと。
だから魔よけとして植えるんだ。」

「うわぁ、じゃあアザゼルさんたちは入れなかったりして!」

「まさか」


さくまは芥辺との雑談が好きだ。
彼の豊富な知識、雑学は為になるし、おもしろい。

法律関連の話などは実例や実体験を交えて話してくれるので
とてもわかりやすく、試験のときにも役立っている。


ちらり、と芥辺のほうを見ながら
こんなに豊富な知識を一体どこで覚えて来たんだろう、
とか、どういう人生を送ってきたんだろう、と思う。

このバイトを初めてしばらくたつが、未だに謎の多い人だ。


ふと、彼の耳元に目をやった。

あ、耳赤くなってる。
平気そうにしてたけど、やっぱ寒いんだなあ。ふふ。

ひとつ、人間らしいなと
思うところを見つけて嬉しくなった。


「アクタベさん、アクタベさん」

彼が振り返った一瞬の隙に、無理矢理彼の首に巻いたのは、
男性には可愛すぎるふわふわの赤いマフラー。

「へへへ。」

寒いでしょ。ちょっとの間だけでいいから巻いててください。ね。
言って、ニカ、と笑う。


「いいよ。さくまさんこそ巻いてれば?」

言ってマフラーと取ろうとするが、

「あっ、ダメダメ!わたしならコート着てるから大丈夫ですよー。
ほら、襟も付いてるタイプですし。
アクタベさん、こんなに寒い中でもスーツしか着てないんですもん。」

見てる方が寒いんですよ。

「……」

芥辺は何か言いたげに黙り込むが、
やがて根負けしたように大きく溜息をつくと、

「分かった分かった」

とさくまの頭を撫でた。





「そういえば」

さくまはこの機会だからと、
すごく気になっていた事を尋ねてみることにした。

「小さいころのアクタベさんって、どんな子だったんですか?」


芥辺は歩みを止めることなく行く。
赤いマフラーを緩く靡かせて。

「----さあ、どうだったかな」

キシ、と雪を踏みしめる二人分の足音。

「本ばかり読んでたよ。」



"寂しい"

数歩先を行く彼の背中をみて浮かんだのは何故か、
彼に一番似合わなそうな言葉だった。




*****



(うるさい。御託はいらん。俺が退屈しないようにしろ。)

少年は、およそ子どもとは思えないような高飛車な物言いで異形の者に命令をする。

悪魔は、彼に今まで知らなかった知識、今まで知らなかった世界を与えた。

そして一番良いのは、悪魔たちが自分を気味悪がったりしないことだ。
鬱陶しいと感じることはままあるが、
あからさまな悪意を向けられることもなければ
それを感じてドス黒い気持ちに支配されることもない。

悪魔は、彼に新しい世界を与えた。
そしてこの日から少年は、魔導書の研究に傾倒していくことになる。




研究に没頭し、気が付いたときにはかなりの年月が過ぎていた。
その間には、様々な事があったはずだがあまり興味がなかった。

彼が望まずも父の跡を継ぎ支配者になった頃。
時間の流れから取り残されて死ねない身体になった。

十中八九、彼が手を染めた儀式の影響であることは分かっていた。


最初は特に気にも留めなかった。
次から次へと情報を貪れば、気が付きもしなかったから。

時代が流れて、流れて、
自分が
すべてに
置いていかれることを
知るまでは。




*****



「ふぅん、アクタベさんって、
ちっさいころから本好きだったんですね~」

結局、芥辺は当たり障りのないように
やや捏造を交えて幼少時代の話をすることにした。

両親とは疎遠だったが、本に囲まれて育ち、世界に興味を持ったこと。
探偵という職業に興味を持ったのも、昔に読んだ小説がきっかけだったこと。


「インドア派だったとか、意外です」

だってアザゼルさんやベルゼブブさんに制裁を加えるときの動き見てたら、ねぇ~。

と、さくまは楽しそうにうんうんと頷く。


「そんなに俺の少年時代の話に興味があるのか」

「へへ、だってアクタベさんってかなり謎なんですもん」

芥辺は二の句を継げなかった。

「知らなかったアクタベさんの意外な一面を知れて、嬉しいです。」

強欲で未熟で何処か抜けているこの助手は、
まるで邪のない顔で心底嬉しそうに笑った。
「……そう。」

さくまさん、だから君は、俺に付け込まれるんだよ。



*****



不老不死の王は、表向き賢明な王を演じた。
だが心中では人の心の醜さを見下し愚かさを嘲笑った。
悪意を向けあい、悪意に忠実な人間たちの、何と滑稽な姿。

夜になれば自室から地下の書斎に籠り、
悪魔に囲まれて召喚の研究に没頭する日々。


やがて、国の中にある書籍を読み尽してしまうと
とうとう乾いていく心に向き合わざるを得なくなった。
何かが、根本的な何かが足りなかった。


そしてあるとき、彼は自らの死を装い、国から姿を消した。






----それから何千年か経った頃。

世界中を巡る黒服の男がいた。
彼はかつて遠い昔に王と呼ばれたその人だった。
彼はその国で、小さな少女を見つけた。
少女は、彼が傍らに従える悪魔を見て、
こんにちはぁ、とにへらと邪のない笑顔で挨拶をした。


ああ。

そうだ、と彼は思う。

こんな奴が傍にいるのも面白いんじゃないか。

自分と同じ時間を生きる奴が
居ても面白いんじゃないか。




遠くから彼女の成長を見守り、
彼女が可愛らしい大人の女性になったころ

彼は彼女が自分と再会する様に細工をした。


*****



芥辺はふと、小さな赤い実をたわわにつけた一枝に手をかける。
それは割と簡単にパキ、と乾いた音を立てて折れた。

「あ、ダメですよ人様の庭の木の枝勝手に折っちゃ…」

君は、俺が何をしようとしているか知らない。
君から何を奪おうとしているかわかってない。

「大丈夫。」



すべてを知ってもなお、
君は受け入れてくれるだろうか。


何が大丈夫なんですか~、と辺りを見回しながら
もう、怒られても知りませんからね、
と唇を尖らせるさくまに、手折ったその一枝を手渡した。


「え?えと、…ありがとうございます?」


君はまだ知らなくていい。
俺の考えも、その枝が持つ意味も。







「あのう、アクタベさんに、
こんなこと言うの、おかしいと思うんですけど」

「なに」

「今日のアクタベさん、なんか変です」

「何が」

「んー、何が、と言われると困るんですけど」




---わたし、アクタベさんの味方ですからね。
未熟者ですけど、少しくらいは、頼ってくださいよ。


芥辺はさくまを振り返ると、虚を突かれたような顔で見つめた。
そうして、腹の底から声を上げて、ひどく可笑しそうに笑った。

らしくない。
らしくなさすぎる。


「じゃあ」
物凄く寒いから手を握ってくれないか。
言って無理矢理さくまの手を掴んだ。

「あの、えっと、アクタベさん?」



強く強く自分の手を握り締め続けるその手が、まるで縋り付くようで。
だからさくまは、何も言わずに握り返した。
そして、彼に合わせて歩きだした。



「もう、だからコートぐらい着たほうが
いいって言ったじゃないですか!」




---------------------------これは、南天の花言葉から着想したお話です

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